未亡人チカの自活ダイアリー

立ち直りための情報と記録で、同じ死別シングルの方を応援するブログです。

夫との死別後、からだと気持ちが重いのはなぜ?

夫との死別後、からだも気持ちも重いです。

どうしてでしょう?

 

 

 

Contents

 

夫、という推進力を失った

あまり意識していませんでしたが、夫にはいろいろ支えられていたのだと、改めて思います。

 

今まで夫がいてくれて、

 

応援してくれて

手助けしてくれて

知らないことを教えてくれて

私ができないことをやってくれて

夫が喜ぶと思えばめんどくさくてもいろいろやりきれた

 

そんなことが毎日の力になってやってきたのに、それがいきなり無くなった。

それはいろいろやりにくくて当然ですよね。

 

動く歩道ってありますよね。

大きい駅とかにあって、人が乗るベルトコンベア状態のもの。

大きい荷物があるときや、疲れているときには便利ですよね。

 

動く歩道の上では、歩道の推進力に乗って歩いているので、

それが終わったあと、普通の場所を歩くと

体が重く感じられる。

 

 

夫を亡くして、体や気持ちが重く、いろいろなことがやりにくい今の状況は、

夫からの推進量を失って、からだと気持ちが重

同じ様な状態だと思います。

 

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バランスがおかしくなった

もうひとつ、たとえを。

たくさんの洗濯物がぶら下がったピンチハンガー。

いちばん大きくて重そうな洗濯物が、急にバーンとはずれました。

 

ほかの洗濯物がぶら下がっているままのピンチハンガーが、大きく斜めになっています。

バランスが取れなくなったからです。

 

これも今の私です。

毎日の中で夫が占めていた、時間、空間、楽しさの、大きな部分が無くなって、バランスがおかしくなっているのです。

 

歩く力はあるはず バランスはとれるはず

でも、動く歩道を使わなくても、

もともと歩く力はあるはずです。

動きは今までより遅くなっているかもしれません。

でも自分で進んで行けるでしょう。

 

バランスもとれるようになるでしょう。

いろいろ変えて、試して行けば。

 

だいじょぶ、だいじょぶ。

ゆっくりだけどね。

きっと、大丈夫。

ひとりでも、歩いて行こう。

 

 

動く歩道を歩いていいか、ダメかは両方意見があるようですが、ここではその是非は問いません。

「歩道なんだから、歩くだろー。」、

動く歩道じゃなくて、歩く歩道だと思ってたー。」

のような意見があるようですよ。